IT企業でうつ病

IT業界で10年勤務。うつ病2回。勃起不全。只今闘病中でこれからの人生をどう生きていこうか考え中。

「多様性」を受容しようという風潮は「多様性」ではなく「単一性」を受容しようという風潮である。という話

 昨今、「LGBT」や「障害者」に対する注目がにわかに高まってきており、様々な方面で「多様性」「多様性」という単語が目につく。

 はてさて、この「多様性」っていうのはなんなんだろうか。様々な種類を包括的に表現した単語、というところだろうか。

 しかし、昨今の「多様性」議論の中には、「健常者」「LGBT」「人種」「障害者」といったキーワードが構成要素のメインとなってきている節があり、分かりやすくそれらを持ちだしているのか、単にその範囲での「多様性」なのか甚だ疑問ではある。

 私個人が考える「多様性」は、シンプルに「自分と他人は違うものだ」のみであり、そこに「LGBT」「障害者」といった枠組みは存在していない。

 アル中の人、ひきこもりの人、独身、既婚、無職などなど、あげればキリがない。

 故に、「多様性を受容しよう」という活動自体、結構押し付けがましいな、それって逆に多様性を単一性に変異させてるんじゃなかろうか。など、違和感を感じている次第だ。

 確かに、「LGBT」「障害者」といった枠組みを作り、それらが対峙している問題点は確かにある。しかし、個別にソリューション出来るのはハード面でがメインじゃなかろうか。

 ソフト面=人の心や考え方、の部分はそれこそ「自分と他人は違うもの」という考え方を各々が持たなければ難しい様に思う。

 同調する考え方、同化する考え方、ではなく「独立思考」をしっかりと身につけていきたいものだ。